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Helpfulnotes記者探訪記

 【特集】分かち合う、共に生きる -前編-

東京学芸大学名誉教授・帝京短期大学教授 佐島群巳教授

東京学芸大学名誉教授・帝京短期大学教授
    佐島 群巳(さじま ともみ)氏


プロフィール:
 1929年岩手県生まれ。 1953年東京学芸大学卒業。
東京学芸大学付属小金井小学校教諭、東京学芸大学教授、日本女子大学教授などを経て、現在帝京短期大学教授。

  その間、1991年文部省「環境教育指導資料(中学校・高等学校編)」作成協力者、1992年文部省「環境教育指導資料(小学校編)」作成協力者を務める。
社会科教育、環境教育関連の著書多数。

 子供達の幼児化や道徳性の欠如などが不安視される今、 知性一本やりの教育に対する疑問や反省が生まれている。 長年自らの環境教育を通し、体験をともなう「感性」の教育が重要であると訴えてきた佐島群巳氏へ単独取材を行った。


環境の履歴

 生まれは岩手県の農家。男ばかり8人兄弟の中で育った。田園風景に囲まれる豊かな自然の中で、農業体験をし、人が生きていくために必要なものは何かを学んだ。

 兄弟は皆戦争に行く中で一人だけ止められ、尋常高等小学校を出た後、すぐ近くの地元の農林学校の林業科へ進学。
「土、水、太陽、空気といったものは生態系の基本です。生態系そのものが体の中にしみついているんです。」

 佐島教授は自分の生活環境の「履歴」について話す。今までどういった環境でどういったものや人々と関わり合い生きてきたか。その「履歴」は自然や地域社会の人々とのたくさんの関わり合いの中で育まれた。

「幼い頃からの経験で自然を馬鹿にしてはいけない。粗末にしてはいけないという事を学びました。人間の『結(ゆい)』という言葉があります。近くで誰かが困っていたら助けてあげる。そういった他人との結びつきといったものはごく自然な形で学びました。車が止まっていたら押してあげる。近所でご飯を頂く。『分け与える』ことが必要なのです」

 分け与えるということは「痛みを分かち合う」ことだと佐島教授は話す。とくに幼少期からの体験。人とのコミュニュケーションなどの積み重ねが『社会規範』を学ぶため必要だと言う。

「この小さい頃の体験が『原体験』というものです。人間としての最低の生きる力は、この原体験によって形づくられるのです。『学ぶ』という行為は机上のものだけでは駄目です。授業でも野外観察は必ず取り入れます。フィールドワークを通して学ぶことがとても大切なんです。」

 現在も帝京短期大学で、幼稚園の先生を目指す学生達を相手に教鞭をふるう。現役の大学教授だ。

「人任せでは駄目です。自分から主体的にやらないと」
 授業への遅刻も、電車遅延はNGだが寝坊はOKだという。

「寝坊は原因結果がわかるでしょう。自分次第でどうにかなるから対処できる。だから2回目以降はもうしないよう気をつけてもらうのです」

 佐島教授は学生が自分の行動に対する責任感を持てるよう見守っているようだ。
 農業は皆での集団作業。一斉に皆で始めるから遅れる事は無い。終わる時は農具を翌日に備えて綺麗に洗う。佐島氏の小さい頃の『原体験』だ。

 水をどうやって得られるか、食事はどういう材料を準備すればいいのか、火はどういう風に起こすのか。野外実習でこうした事をさせると学生は試行錯誤し悩む。佐島氏の場合、こうしたことは『原体験』のなかで、他人の行動を見て、真似て、覚えてきたという。

「教育というのは『見て』自分で『真似て』盗むことが大切です。親や先生が教えるんじゃない」
 何回も何回もやらせる。繰り返し繰り返しやらせることが大切だと佐島教授は言う。
「金銭はかかりません。自分で手伝いにいく。それによって学ぶのです。」

 農家は10時や3時のおさんじがある。
「一服やっていかない」
といって何人かで集まって休む。目の前を歩いている人にも声をかけて食べ物を分け与える。こうして人は痛みを分かち合い、共に生きる事を学んでいく。



環境に関わる自分

 自然とのふれあいの中では感性が磨かれる。
「レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』1)という本がありますが、『知る事より感じる事のほうが大切だ』といったことが書かれています。
『エモーショナルコンテント(情意表現)』というものがあるのです」

 新しい知恵を生み出す時の肥沃の土壌は「知性」ではなく「感性」なのだそうだ。
「ただし知性と感性は一体でなくてはならないというのが僕の理論です。社会科の場合、社会認識と公民的意識を養うというのは相互にかかわり合いがありますが、それと同じです」
 知識がなければ公民的にも民主的にもなれないからだという。

「知識も感性もないのに民主主義ばかり言っても駄目ですが、それを諭してくれる人が今はあまりいない。例えば、CO2を2050年まで2分の1に削減するなんてやらなくてはいけないことですが、現実的にはできるわけがない。1997年の京都議定書の目標だって達成が危ぶまれているのですから」

 では今後の地球のためには本当にガスがでない車でも作らないと駄目なのだろうか?
「生産を主にした社会へ移行する必要があります。車などを使うのは必要最低限にして、工学系の発展に目を向けがちな現在ですが、農業系へもう一度意識を戻して、生態系の原点へ還ることが大切です」

 佐島教授の書かれた「環境マインドを育てる環境教育」2)という本を見せてもらった。出版社からは嫌がられたが、佐島氏は題の中に二つ「環境」という言葉が入っている点についてこだわった。この二つが本の趣旨を表わすため必要であるという。

「このタイトルには環境体験を通して人間教育を行なうという趣旨が入っています。環境について知ることではありません。だから必要なのです」

東京学芸大学名誉教授・帝京短期大学教授 佐島群巳教授
研究室にて:学生達のレポートを手にする佐島教授

本の3章は「環境に関わる『自分』」となっているが、ここは佐島氏が大学で教えている発達心理学の分野である。一般的に大学などで教わる発達心理学というとピアジェなどの理論を説明して各発達段階での認知構造の変化など小難しく頭でっかちな話が多いが・・・。

「ふれあい体験、飼育体験、そういったものを通して人は成長していくことについて学ぶのです」 佐島氏の発達心理学はあくまでその時何を感じるのかについて語る。本音の直球勝負だ。

「やっぱり発達心理学というのは、『生きる』ということを学ぶところから始まります。『生』の場面を見せるわけです」
逆に「死」についても学ばないといけないと佐島教授は言う。
「『電池が切れるまで』3)という本の詩を知っていますか?」

玩具は乾電池を変えることができるが、人間には変える電池はない。私の命はもうそんなに長くはない、とうたった詩。

「だけど生きたい。一生懸命生きたいという願いが込められているのです」

生きたい。一生懸命生きたい。なるほど確かに皆その思いを必死で抱えながら年を重ねていく。こういったものを聞かせながら佐島教授は教え子達へ問いかけるという。

「生」と「死」、そして貴方はどうだったの?と
自分自身の歴史。自分自身の環境の「履歴」。

「履歴」とは時間と空間の中の生きてきた人間の生き様そのもののことをいうのだと佐島教授は教えるのだそうだ。

それをずっと辿って今日にいるということに感謝を込めなければいけない。
自分自身に対してもそうだが、それ以外にも教えてくれた人や何よりも自分の母親に対して感謝がなければならないという。

「それがなければ発達心理学は学べません」
誰かと関わり合って育ってきた。その事実を我々は忘れてはならないということか。


「つながる」と「関わる」

「土、水、太陽、空気、この四つが生命体を支える基盤なのですが、今は他の存在を無視して生態系の頂点に人間が来ようとしています。これはとても危ないことです」

確かに人間中心の社会は、大気も水も危険なものにした。今水を飲めない人が2億人いる。CO2が充満する地球。太陽は折り返し地点であと45億年すれば終わりだ。

「私は小さい時の農業体験での人間との関わりを通して痛みを『分かち合う』ということを学んだのですが、痛みを分かち合うとは言ってみるとこれは教育の言葉だと二つの言葉しかない。『つながる』と『関わる』です」

この二つが教育の上ではとても大切なのだという。

人とつながる、そして関わるという事。これは言ってみれば生態系のキー概念だ。これがなければ人間としては生きていけないという。

「言ってみれば『つながる力』『関わる力』というのは人間力です。さっきお話した『エモーショナルコンテント』なんです。学力が高いとか低いとかいうことばかりにこだわっていてはダメです。私も小学校の時は毎日田圃で泥まみれになっていたりしましたから、読み書き算数なんてあんまりできませんでしたよ」

そう笑いながら話す佐島氏は昭和4年生まれ。初めは小学校の教師だった。
「小学校の教師を長くやった後、大学での講師・教授となり、今まで教員生活を総計で55年やってきました。その間たくさんの書物を書いて、たくさんの論文を書いて、本当にたくさんの人とつながり関わりってきましたよ。凄く幸せだったなあと思います」

「凄く幸せだった」と言う佐島教授の顔からは本当にそうだったのだろうなという表情が読み取れた。


                  【取材/執筆:神田麻里子】

-後編へ続く-

 

【脚 注】----------------------------------------------------------------------
1) レイチェル・カーソン著(上遠恵子訳) 『センス・オブ・ワンダー』 新潮社 1996 (Rachel L. Carson : The Sense of Wonder 1984)

2) 佐島群巳著 『環境マインドを育てる環境教育』 教育出版 1997

3) すずらんの会編『電池が切れるまで-子ども病院からのメッセージ』角川書店 2002   宮本雅史著『『電池が切れるまで』の仲間たち 子ども病院物語』角川書店 2003。



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