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Helpfulnotes記者探訪記

  【特別インタビュー】
  
第18回「芥川作曲賞」受賞の法倉雅紀氏に聞く

●第18回芥川作曲賞
    法倉 雅紀(のりくら・まさき)


【贈賞理由】
独自の洗練された様式を確立して、深い内面性をもつ、完成度の高い作品であることが高く評価された。

【略歴】
1963年10月4日 東京都江東区生まれ。
1986年桐朋学園大学作曲理論学科卒業、
1988年同研究科修了。
1993年パリ・エコールノルマル音楽院デュプロマ修了。作曲を三善晃、川井學、平義久、ピアノを森安耀子の各氏に師事。
1985年 第54回日本音楽コンクール作曲部門第3位入賞。第9回、第 21回現代日本のオーケストラ音楽作曲賞入選。
2000年 第10回芥川作曲賞ノミネート。

現在、桐朋学園大学作曲科准教授、東京藝術大学作曲科講師。

 いよいよ受験シーズン到来となった。
 受験生にとっては、刻一刻と近づいてくる本番の日を思い、さぞ、大きなプレッシャーに苛まれていることであろう。

 入学試験のみならず、スポーツの試合、音楽の演奏など、「本番」は誰もが緊張するもの。今回の探訪記では記者・浜田実弥子がその「本番」の場数を数多く践んでいる音楽家に焦点を合わせ、話をきいてみた。

 インタビューに応じてくれたのは、昨年、8月31日(日)に東京・サントリーホールにおいて、第18回「芥川作曲賞」を受賞した法倉雅紀氏(受賞作品は「延喜の祭禮 第二番〜室内オーケストラのための」)。同氏は、現在、桐朋学園大学作曲科准教授、東京藝術大学作曲科講師をつとめており、桐朋学園では附属高校でも指導にあたっている。



受験の思い出は緊張したことしか覚えていません!

 1月某日。法倉雅紀氏は、「寒いですね?」と言いながら、約束した時刻の10分前にやってきた。挨拶を交わす間も笑顔をたやさず、穏やかで丁寧な語り口が印象に残る人だ。

 さて、受験生にとっては勝負の季節。面接で緊張して、おかしなことを口走ってしまったらどうしよう、折角、睡眠時間をけずって勉強したのに、本番のときにかぎって頭が真っ白になってしまったらどうしよう......と、大きな不安に見舞われている人も多いだろう。どんなに頑張っても、「プレッシャーに負けてしまうのではないか?」と、悪い方向に考えてしまうのは受験生の常だ。もちろん、本人ばかりでなく、親御さんや教師にとっても、心の安まる暇がないというのが本音ではなかろうか。

 その、「本番」「あがる」という状況を克服しないと成立しない音楽の世界に、子どものころから留まり、類い希なる栄光を手に入れた法倉氏。きょうは、そんな同氏に、現在の音楽観の源となった子ども時代の話や、今の若い世代に伝えたいこと、さらにフランス留学時代の思い出などを聞いてみた。具体的な高校受験の対策とはいかないが、受験の先にあるものを見つめること、そして、自分にとって大切な何かを見つけ、それに向かってまい進している人の姿を、少しでもお伝えできたらと思う。


記者:「遅ればせながら、本年もよろしくお願いいたします。今日は、どうぞよろしくお願いいたします。まずは、芥川作曲賞の受賞、おめでとうございます」


法倉:「ありがとうございます」

記者:「芥川作曲賞につきましては、後ほど、お聞きかせいただきたいと思います。既に受験シーズンが始まっていますが、これから本番を迎える子どもたちがいるということで、何か、受験にまつわるお話をお聴かせください」

法倉:「そうですね。私の場合、音楽の分野でのことになってしまうので、ご了承くださいね。音楽科の受験は、英語や国語といった一般教科のほかに、ピアノの演奏など、実技試験を含む専門科目もやらなけれでなりませんでした」

記者:「音楽科の場合は、ピアノ科以外のコースを選択しても、ビアノを弾いたりする試験はあるのですか?」

法倉:「そうです。たとえば、私は作曲を専攻しましたが、ピアノの実技は副科として、すべての受験生に科せられていました。また、先ほど言いました音楽の専門科目というのは、基礎的な音楽理論である「楽典」や、楽譜に書かれた音楽を理解できているか、もしくは、実際に鳴っている音楽を楽譜に書き取っていく「ソルフェージュ」という科目もあります。

記者:「英語の書き取り試験のようなものですか?」

法倉:「あ、そうですね。書き取りと、あとは、書かれてある英語を声に出して正しく読めるか・・(笑)。ちょっとニュアンスは違いますが、まあ、そういうようなものと言ってもいいかもしれません」

記者:「実技試験のときは、緊張されましたか?」

法倉:「もちろん! とてもとても、あがりましたよ。とにかく私は、あがり症というか、カチカチに緊張するタイプなのですよ」

記者:「でも、法倉さんは、ご自身の作品が演奏されるときの様子を拝見すると、とても堂々としていらっしゃるように見えますよ。とても緊張しているとは思えないのですが」

法倉:「いえいえ! そんなことはありません。さっきも言いましたが、基本的に私は、本番はあがるのです。芥川作曲賞やグループNEXTなどの演奏会のときも、実は、わりとビクビクしています」

※注:同氏は、毎年6月に開催されている、作曲家集団「グループNEXT」の演奏会においても、意欲的な作品を発表している。

記者:「ちょっと前のことになるかもしれませんが、音楽高校の受験のときのお話をお聞きしてもいいですか?」

法倉:「ちょっと前? かなり前?(笑)」

記者:「記憶を手繰り寄せていただくとしまして......」

法倉:「そうですね。何度もしつこいですが、私は、極度のあがり症なのです」

記者:「はい」

法倉:「特に、ピアノやヴァイオリンなど、演奏を専門として受験する人は、子どものときから何度となく発表会やコンクールなどの経験が多く、いわゆる場数を踏んでいる人が殆どなわけです」

記者:「作曲を専攻された法倉さんとは、基本的に本番の経験の度合いが違うということですか?」

法倉:「そうですね。私の場合、確かにピアノは習っていて、ピアノを弾くことじたいは大好きでした。でも、バリバリとトップクラスに登りつめるというタイプではありませんでしたから、発表会などにも出たことがなかったのです」

記者:「受験の本番が初めてのステージだったのでしょうか?」

法倉:「そうです。あ、いえ、何度かはあったかもしれませんが、私としては、生まれて初めて人前で弾いたという感覚です。今でも、あのときの恥ずかしい気持ちが甦ってきますよ。自分の順番がきて、試験官の先生たちのほうを向いてお辞儀をして、ピアノの椅子に座るんですね。まあ、自分の演奏に点数をつけられるという経験は初めてですし、何人もの偉い先生の前で自分をさらけ出すというのも初めてでしたからね」

記者:「それで、あがってしまった......」

法倉:「そうです。もうね、記憶がございません状態で(笑)」

記者:「でも、何とか乗り切ったわけですね?」

法倉:「結果的には、そうなります。あ、そうだ。とにかくこれから本番に向かうという人には、これだけは言っておきたいです!」

記者:「はい!!」

法倉:「本番というものはですね、どうしても、いつもは起こらないことが起こってくるんですよ。だからこそ、本番なんです。絶対に、すべてが計画通りに、自分の思い描いたとおりにいくということはないのです」

記者:「はい」

法倉:「誰しも、文字通り、頭が真っ白になった、目の前の試験問題だって、ただ文字を目でなぞっていくだけで、頭の中に内容がちっとも入ってこないという瞬間が、必ず、あるものなのですよ。みんな、そうです。みんな、そうなるんです。それは、子どもだって大人だって同じなのです」

記者:「確かにそうですね」

法倉:「でもね、もう、その本番になってしまったら、あとは野となれ山となれ! と、思うしかないですよ。やるだけのことをやって、プレッシャーに苛まれながらも、この試験会場までなんとか辿り着いた。そして、ドキドキしながらも指定された椅子に座っているのですからね。それだけで、十分、誇りをもって、あとは結果がついてくると信ずるしかないですよ。気の利いたアドバイスというのは、私にはお伝えできないけれども、もう、腹をくくるしかないんですよね。みんなが緊張しているんですからね。自分だけじゃ、ないんです」


二度めのノミネートで見事に受賞!

記者:「そうですね。では、芥川作曲賞のことを少しお聞きしていいですか?

法倉:「はい。緊張はしましたよ(笑)」

記者:「芥川作曲賞のノミネートは、昨年で二度目でしたよね?」

法倉:「はい、そうです。前回は協奏曲(オーケストラと独奏者の共演)で大編成でしたが、今回の作品は少人数の室内オーケストラでした」

記者:「ご自身の作品が演奏されるのを聞く気持ちというのはいかがなものですか?」

法倉:「緊張しますよ(笑)。でも、作曲家は、もう作品を書き上げて、演奏家にお願いしたら、あとは、何ひとつとしてできることはありません。本番だって、どんなに緊張していても、演奏家が弾いてくれますから(笑)。どんなに作曲家がオロオロしていても、ちゃんと終わります。とはいえ、もちろん、ずっと平常心でいられるということではないですけどね」

記者:「受賞が決まって、どんなことを思われました?」

法倉:「まず、演奏してもらったことが嬉しかったですね。演奏も、とても素晴らしかった。あとは、作品として、10年間、こだわっていたことが客観的に評価してもらえたということが、本当にありがたかったです。小松一彦さんの指揮による新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏も素晴らしいものでした」

記者:「サントリーホールでの公開審査は、壇上で審査員たちが作品を批評して、一名の受賞者を決めるんですよね」

法倉:「そうです」

記者:「考えただけで、緊張感が走ります」

法倉:「そうなんですよ。でもね、演奏がよかったので、まあ、それが作曲家としては一番嬉しいことですから」

記者:「芥川作曲賞を受賞すると、オーケストラ作品を委嘱されるのですよね?」

法倉:「ええ。よい機会をあたえていただいたと思っています」


眼下に広がる明石海峡を人麻呂神社から


記者:「ところで法倉さんの作品には、柿本人麻呂の和歌を題材にされているものが多いですよね」

法倉:「はい」

記者:「とはいっても、管弦楽や室内楽の作品の中に、直接、柿本人麻呂の和歌が言葉として出てくるわけではない......」

法倉:「はい。でも、これまでの作品の中には、歌のパートをいれたものもあります。柿本人麻呂の和歌が、今の私の音楽には、とても多くの影響を及ぼしているんですよ」

記者:「中学生くらいのときも、国語といいますか、日本の古典文学には興味があったのでしょうか?」

法倉:「あ、別に古典が特別好きだったとか、そういうわけではないですよ(笑)。実はですね、母方の伯母が兵庫県の明石に住んでいたのです。子どものとき、母に連れられて、よくその伯母の家に遊びに行きました。そこにはいとこがいまして、よく近所を遊び歩いていました」

記者:「楽しかったのでしょうね」

法倉:「そうです。とても鮮明に、そのときのことを覚えているので、よっぼど印象が強かったのでしょうね。私は東京に住んでいますから、遠くまできて東京とはまったく景色が違っていることにも興奮したのだと思います。そして、そのとき、遊びにいった場所の中に人麻呂ゆかりの柿本神社というのがありました」

記者:「おいくつぐらいのときですか?」

法倉:「そうですね。本当に小さいときです。6歳くらいでしょうか。それもね、年がばれますけど、新幹線が開通したばかりで、4年に1回とかいう感じでしたから、なおさら印象が強いのかもしれません。柿本神社の隣には、明石の天文台がありましたね。人麻呂の和歌というのは、このような流れで私の中に入ってきました。ですから、たとえば古典文学として人麻呂に親しんだことが発端ではありません。私にとっては、他の歌人ではなく、人麻呂であることが大切なことでした」

記者:「よほど、印象が強かったのでしょうね」

法倉:「ええ。柿本神社、明石天文台、そして明石海峡の風景が、私の音楽の原風景となっています。視覚的に、ずっと、心のどこかに残っていますね」

記者:「作曲を始められてから、ずっと人麻呂にこだわってこられたのですか?」

法倉:「いえ、そういうわけではありません。きっかけはね、パリ留学のときだったと思います」

記者:「日本で桐朋学園大学を卒業されてから、パリに行かれたのですね?」

法倉:「はい。そうです。28歳から29歳にかけてでした。で、まあ、パリはいいところですが、やっぱり日本のものが恋しくなりました。そこで、よく本屋にいって日本語を見にいっていたんです。ジュンク堂という本屋は日本にもありますけれど、パリではものすごくたくさんあって、あのころは、日本の三倍くらいあったんですよ。で、そのときに一冊の本に出会ったんです。藤村由加さんの『人麻呂の暗号』(新潮社)という本ですが、こちらにとても大きなショックを受けたのです。そして、1993年の夏に、パリでオーケストラ作品を書き上げました」

記者:「その曲は、前回の芥川賞にノミネートされた作品ですか?」

法倉:「そうです」


街も人も日常的に芸術に親しんでいるパリ

記者:「では、パリの思い出話などをお願いします」

法倉:「まずね、パリで売っている文房具は、あまり品質がよくなくて・・・(笑)。さっき言ったオーケストラ曲ですが、パリで作曲したので、現地で買った鉛筆で書いているんですよ。これが、また、ちょっと、ほら、ちゃんと言っていいのかな。つまりね......」

記者:「(笑)質がイマイチで、書き心地が悪かった?」

法倉:「そうそう。日本の鉛筆は世界一ですよ?」

記者:「パリでは色々なところに作曲家や芸術家の名前を冠したところがあるそうで......」

法倉:「そうです、そうです。ストラヴィンスキー通りとか、ドビュッシー中学校だったかな、そういう名前がつけられてますよ。あとね、フランスパンなんか、当時、毎朝、焼きたてのを10円とか20円とかで買えてましたよ。日本でいえばお米にあたるのですが、パンは安かったです。乳製品も美味しいしね」

記者:「教育の感じなんかどうでした? 日本とは違いました?」

法倉:「よく言われていることかもしれませんが、本当に行ってみればわかるのですが、とにかく、何でも自由なんです。日本では、こういうことをしなさい、課題はこれです、いついつまでにこれをやってきなさい、みたいになりますが、パリでは、何もかもが自由でした」

記者:「すごいことですよね」

法倉:「はい。でも、弱にいえば、自分からやらなければ、何もできないみたいな感じですよね」

記者:「パリの子どもたちは、そうやって積極的に学んでいるのでしょうか」

法倉:「残念ながら私は、直接、現地の子どもたちに音楽を教えたとか、一緒に演奏したとかいう経験はないですが、とにかく文化が普通の生活に根付いていると実感できましたね」

記者:「どのような場面で、そういうことを感じられました?」

法倉:「たとえばね、ちょくちょく気軽にホームパーティとかも開かれているわけです。で、その仲間うちでピアノを弾ける人、もしくは、近所のアパートに住んでいる音楽学校の学生とかが呼ばれていって、何か演奏するわけです。それが、実に、楽しそうに弾いていて、また、それを心から楽しんでいる近所の人とかいたりして......。老若男女、ごくごく自然に、特別な感じではなく、音楽を楽しんでいるように見えました。もちろん、美術や彫刻など、音楽以外の分野でもそうだと思います」

記者:「では、演奏会やコンクールなどの雰囲気も違うのでしょうね」

法倉:「そうですね。やっぱり、違いますよね。たとえばね、あるコンクールが行われている会場にいったときに、こういうことがありました。いや、日本の音楽コンクールは、出場する人と家族と審査員くらいしかいないのに、お客さんがたくさんはいっているんですよ。最終の本選会ではなく、最初の予選からね」

記者:「それは、すごいですね」

法倉:「それもね、とても和やかなんですよ。知っている子どもさんが出るとか、ときどき見かける学生さんが出るとか、そういう感じでも見にきたりするんじゃないでしょうか。で、ちゃんと応援して、心から楽しそうに拍手しているんです。まるで、自分の子どもや孫がステージに出てきて、涙を浮かべて喜んでいるおばあちゃんやおじいちゃんという感じですよ」

記者:「少しでも顔見知りなら、応援してあげるという感じなんですか?」

法倉:「うーん......。応援してあげるって、いう、感じでもないですけどね。応援したいというか、聞いてあげたいというより、聞きたいという感じですかね。あ、そうそう、ビックリしたのはね、客席で楽しそうに編み物をしながら、演奏を聴いているおばあちゃんがいたんですよ。これはもう、日本では考えられない光景ですよね」

記者:「パリの子どもたちは、そんな文化にあふれた街に生きているのですね」

法倉:「そうだと思います。羨ましいですよ。幸せだと思いますよ?」


今、子どもたちへ

記者:「法倉さんは、桐朋学園の付属高校でも教鞭をとっておられますが、生徒さんたちと接していて、何か思うことはありますか?」

法倉:「私はね、基本的に、人間は変わらないものと思っています。もちろん、私の子ども時代にはDVDも携帯電話もiPodもなかったわけです。でも、今の子どもたちは自分の携帯電話を持っていて、情報を集める能力も行動力も、実際のところ、大人の予想をはるかに超えているとは思います。でもね、時代がどんなに進んでも、子どもたちと接していると、心の奥のほうの人間としての部分は昔の子どもと大差ないのです。人間には、変わらない部分というのが、絶対にあると思っています」

記者:「法倉さんは、個人レッスンとクラス授業の両方を担当しておられるのですよね?」

法倉:「そうです。わりと私は、どんな生徒とも、音楽家として接しています。そして、子どもたちにも自分がやろうとしている音楽や勉強を好きになったのなら、そのことに誇りを持つようにとも言っています。でも、ちょっとだけ苦言をいうなら、最近の子は、少しだけ欲求が低めになっているかもしれませんね(苦笑)」

記者:「もっとどん欲になってほしいという感じでしょうか」

法倉:「それもありますね。とにかく、感動したことを感動したといえる素直さは必要だと思います。あと、音楽に限らず、どんな世界に羽ばたいていくにしても、人とは違う、自分にしかないものを探し続けるというか、追究し続けていくという姿勢か必要なのではないでしょうか。あ、あと謙虚な態度も。勉強のために勉強しているような感覚をもたれることもあるでしょうが、ずっと先になってから、予想もしないような場面で、実になって出てくるということもあるでしょうからね。これからの世代を生きる皆さんには、受験のほかにもいろいろなことが起こってくるでしょう。でも、いつも柔軟な頭と心を大切にして、自分を信じて、進んでいってほしいと思います。もちろん、具体的には健康管理をきちんとするとか、時間を守るとかありますけどね。まあ、そんなところでしょうか」

記者:「ありがとうございました。今後の活躍をお祈りいたします」


 終始、笑顔をたやさず、心をこめて質問に答えてくださった法倉雅紀氏。同氏の作品が発表されるコンサート会場には、いつも中高生の若い聴衆が足を運んでいるようだ。


※法倉雅紀氏の作品の演奏予定:2009年6月25日(木)「グループNEXT第11回作品展」にて室内楽作品(曲目、演奏者未定)
2010年8月「第20回芥川作曲賞」にて委嘱作品となるオーケストラ作品(演奏は小松一彦指揮・新日本フィルハーモニー交響楽団)


取材/執筆:浜田実弥子


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